sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

寓話

メッセージ・イン・ア・ボトル

以下は「2ちゃんねる創作文芸板競作祭 2010年冬祭り」のために書いた短編小説です。このイベントにはゲスト審査委員として招聘されていたのですが、あまりに質の悪い小説を10本ほど読まされたところでキレてしまい「こんなのなら俺でも優勝できるわい!」と…

俺が考えた『KAGEROU』のあらすじ

過疎化が進む山間の村を渡り歩き、無知な高齢者を相手にレメディを売りつけることを生業にしていた元広告マン、林田栄一は激しい雷雨の晩に手足のない赤ん坊が捨てられているのを偶然目にした。林田は異形の姿でこの世に生を受けながらも、必死で生きようと…

『ゴーレムニア・アデプタ』の書き出しと作者による解説

世界史上最も有名なテキストのひとつである『創世記』のなかに「ゴーレム」という謎めいた言葉が登場する。これは古ヘブライ語で「胎児」という意味をもち、神の被造物である人間の象徴であるとも、または、ユダヤ教カバラ主義の秘儀として伝承されてきた最…

夢の城

会うべき男は、ヘルシンキから北へ二五キロほど行ったところにある古い城に住んでいる、という話だった。男は戦後すぐに日本からフィンランドへ渡り、スウェーデンで制作された無修正のブルー・フィルムをアジア向けに輸出する事業で成功し、その古い城を買…

夢の書物

飛行機は成田を離れ、私はベーリング海峡の上空を飛んだ。北極圏近くを飛ぶこの航路は、およそ九時間で日本とフィンランドを結ぶ。日本からフランスまでが十二時間程度かかるのと比べれば、飛行時間は三時間ちかく短い。このことからフィンランドは日本から…

うそつき村の残像たちへ

墜落したヘリコプターの乗組員が脳裏に浮かべた最後の映像が、彼が愛していた家族や恋人のものではなく、こどもの頃に駄菓子屋で食べた酢漬けイカの味であるとか、高校生の頃に毎日歩いていたあの道に通り雨が降った後のアスファルトの匂いであったなら、僕…

四億年前、そこにパピコが

近鉄バッファローズのマークが刺繍された野球帽を斜めに、いわゆるヒップ・ホップ風のスタイルでかぶり、ハーモニカでジミ・ヘンドリックスを吹きながら教室に入ってきた男が、果たして本当にあのイブン=バットゥータであったかどうか、その真偽については…

カニをポケットに入れて、街へ出よう

日本の近海でカニがとれなくなって久しい。かつて日本でズワイガニやケガニの水揚量日本一を誇った鳥取の港からは、いまでも漁船が毎朝出港していくが、専用のクレーンで海の底から引き出される専用のカゴのなかには、いつも二、三匹のカニがいるだけで、そ…

アサイラム

眠れぬ夜に鮭は裸足で外を歩き回りながら、今から約二〇年も前に彼が小説家を目指していた頃気まぐれに書いた詩を朗読し、街灯の下では今でもあの夏の思い出が忘れられないという乾ききったサラリーマンが細かく切った新聞紙のなかに体をうずもらせている。…

勝間和代十夜 外伝《バベルの勝間和代》

黒い勝間和代の旅 二〇四五年。たぶん。カレンダーどころか壁紙すらも貼られていないこの無味乾燥な牢獄にブチ込まれて、俺が毎日かかさずに記録をとってきたところによれば、いまは二〇四五年の一月十六日だ。この日付は俺がここにちょうど二年間、ブチ込ま…

勝間和代十夜 外伝《バベルの勝間和代》

イダルゴ神父の報告書 事件はサン・エテルホ町の日曜の市場から始まった。イダルゴ神父はその日の午前、教会に集まったサン・エテルホ町の愚直な農民たちにイエスの教えを授けた後に、ロドリゴという名の運転手に車を走らせ、日用品を買いに町へと出ていた。…

勝間和代十夜

第四夜 (ある人にとっては熟れ過ぎた果実のように見えるかもしれないが)勝間和代は、この世界において唯一ミネルヴァの化身という呼称に相応しい女である。彼女の顔には暗い森の奥からでも世界を見渡すことのできそうな力強い二つの眼が備わっており、胴体…

勝間和代十夜

第二夜 こんな勝間和代を見た。 読み終えた本を持って図書館へと足を踏み入れると、いつもなら満席なはずの閲覧席には誰も座っていなかった。はっとしてあたりを見回すとカウンターのなかに職員すらおらず、どういうわけか自分がこの空間のなかにただひとり…

純真無垢なる戦士、怪人アスタカの個人的闘争(四)

M山K三郎が赤子時代の怪人アスタカについて語ること(二) しかしながら、生まれながらの構造主義者である怪人アスタカであっても、やはり赤子は赤子である。赤子は親の手によって育てられ、そして親は泣き叫ぶことでしか要求を伝えられないこの珍妙な生物…

純真無垢なる戦士、怪人アスタカの個人的闘争(三)

M山K三郎が赤子時代の怪人アスタカについて語ること(一) 明日原財閥の未来を担う男子として生まれてきた赤子は、その父である二代目明日原総一郎によって「隆(たかし)」と名づけられた。この命名には理由がある。それを簡単に言ってしまうと、赤子が後…

純真無垢なる戦士、怪人アスタカの個人的闘争(二)

M山K三郎が怪人アスタカの出生について語ること 怪人アスタカが生を受けた、明日原家について詳しく知りたいのであれば近藤雅明著『たったひとりで千葉島を黙らせた男』をご覧になるのがよろしいだろう。そこでは怪人アスタカの父であり、先代の明日原財閥…

純真無垢なる戦士、怪人アスタカの個人的闘争(一)

語り手であるM山K三郎が怪人アスタカについて語り始めること これから読者諸氏の前に語り伝えようとする男、怪人アスタカについてごく凡庸にデイヴィッド・カッパーフィールド式に語り始めることが果たして適切なことかどうかはわからない。しかし、今後私…

酔い(下)

http://d.hatena.ne.jp/Geheimagent/20090425/p1 http://d.hatena.ne.jp/Geheimagent/20090506/p3

酔い(中)

『酔い』(上) 藤沢駅北口のミスター・ドーナッツでスジコはアメリカン・コーヒーとフレンチ・クルーラー、それからオールド・ファッションを注文し、窓際の席に座って読みかけの本のページを開いた。交通量の多い道路に面しているせいか、いつも薄く汚れて…

酔い(上)

雨がコンクリートを打つような音でハッとなり、スジコスミオは意識を取り戻す。雨だと思われたのはシャワーから出る水が風呂場の床に吐き出される音で、スジコスミオは自宅の風呂場の椅子に座り、自分がTシャツを着たままシャワーを浴びていることに気がつ…

最後の水爆戦争

今ではもう閉店してしまったが、かつて私が住んでいた鯖野という集落にも一軒だけ喫茶店というものが存在していて、それは猫の喫茶店と呼ばれている店だった。この店は、今日の下北沢や町田にあるような店内に猫がいるカッフェテリアというわけではなく、猫…

元大統領の遠縁の男

酒は百薬の長とはよく言ったもので、藤森常吉は毎晩5合の酒を飲んでからでなければ布団に入ることはない、と豪語するほどの酒豪でありながら、鯖野に住む年寄り連中のなかでももっとも頑強な肉体を持つ男だった。齢は還暦をとうに過ぎ、今や喜寿にさしかか…

首吊り師たちについての記録

「首吊り師」と言っても、東北に生まれなかった人びとにとっては耳慣れない言葉にちがいない。これは東北の地に古くから存在する移動芸能集団を指し示す学術的に定義された総称であり、その実際の呼称は地域によって微妙に異なるのだが、私が生まれた福島県…

桃畑のちょうどまんなかに広場のような場所には、葉脈が全体に力強く広がった緑葉と細やかな繊毛に覆われたツルが絡み合って生える南瓜のための場所があり、そこにくれば畑に面した道路からは自分の姿が容易には見えない。ハツイは桃畑でなにか作業をしてい…

マクドナルドの笑顔;表情という普遍言語の発見

*1想像力を働かせながら話を進めていこう。 自動ドアをくぐって店内に入る。パティが焼ける匂いとポテトを油であげる匂いが入り混じった空気が鼻腔を刺激する。カウンターの前に立つ。「いらっしゃいませ」。向う側立つ男性、ないし女性はこちらに向かって笑…

つかまえることのできぬ少年

信号機が青になったときにピャウ、ピャウと規則的に鳴る音が気に入らないのだ、と言ってアンは足元に落ちていた拳ほどの大きさの石を手に取ると、スピーカー目掛けてそれを投げて見せた。まるで自慢の肩を披露してやろうとでも言うかのように。彼の手を離れ…

訪れ

飯坂町と茂庭町を繋ぐ国道399号沿いに道祖神を祀った祠がある。そこには交通と子孫繁栄というまったく相容れない2つの現世益を司る神を敬うために、男性器を象ったいくつもの御神体が天を向くようにして屹立していた。その「群れ」とでも言えそうな男性…

屍の上に家が建つ

井戸から汲み上げられる水は不思議なもので、夏場は手をさらしておくと指先の感覚を失うほどに冷たく、逆に冬場は温く心地よい温度になる。私は幼稚園に入るまでの間、水道の蛇口をひねったときに出る水とは一般的に、そのように気温とは真逆の変化を示すも…

フライング・マンティス号最後の出走

初夏の夕暮れにジィジィと気の早い蝉時雨に混じって聞こえてくる笛の音と太鼓の鼓動は、祭の季節が近いことを教えてくれる。それは隣町の子ども会に所属する少年少女たちが来るべき晴れの日の舞台に向けて練習を重ねる音だった。東北の人は祭好きな人種だ、…

ニコ

高貴にして澱んだ血統に生まれた誇り高き雑種犬、ニコが我が家にやってきたのは私が中学生の頃、地元にあった公立の進学校へ進もうと受験勉強を始めた春だった。それは今では犬猿の仲である私の弟がまだ小学5年生のときであり、弟が小学生らしい突然の思い…