sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

純真無垢なる戦士、怪人アスタカの個人的闘争(三)

M山K三郎が赤子時代の怪人アスタカについて語ること(一)
 明日原財閥の未来を担う男子として生まれてきた赤子は、その父である二代目明日原総一郎によって「隆(たかし)」と名づけられた。この命名には理由がある。それを簡単に言ってしまうと、赤子が後々の活躍ぶりや才能の発露といった目覚しく活躍する様を用意には期待させない、ごく平凡な生まれ方をしたからである。夫婦には長らく子どもがいなかった。そのために総一郎は普通以上の期待をしていたのだ。私の子であるからには、膨らんだ母親の腹を突き破って生まれてくるような、そんな力強さが欲しい。だが、現実に生まれてきた赤子は……と言う風に。無論、無事に赤子が生まれてきたこと自体は喜ばしいことだった。これはなんとも複雑な気持ちであった。落胆と安堵、それから喜びが同時に彼の胸のなかで蠢くなかで、誕生の瞬間こそ平凡であったが、大きく育って欲しい、という願いを込めて、赤子に「隆」と名づけたのである。これは明日原財閥の始原的形態ともいえる明日原牧場の経営者であった、総一郎の曽祖父、隆一郎から名前を一字譲り受けたものだ。隆一郎についての詳細は、先にも紹介した『たったひとりで千葉島を黙らせた男』を紐解いて欲しい。そうすれば総一郎が赤子に託した希望の大きさをより理解することができよう。
 明日原隆――くどいようだが、この赤子が後に誰もが知るところとなる怪人アスタカである。赤子の怪人アスタカは、自らの運命をあらかじめ規定するような名前を授けられ、そして、その名前に込められた期待を裏切らない、というよりもむしろ期待以上の活躍を見せることになる。現在、アスタカ・ドリーム・キャッスルが東京都内全域を監視する巨人ようにして天高く聳え立っている様子は、埼玉県行田市からでも観測できる。もはやそこがかつて六本木ヒルズと呼ばれた場所であったことを覚えている人は誰もいない。その成功の証とも言える城の最上階に怪人アスタカは住んでいる。城にはおよそ500人の召使がいて、怪人アスタカが言うには「封筒に切手を貼る際に、切手の裏側を舐める係」もいるそうだ。しかしながら、彼は自ら手紙を書くことはない。あまりに多忙なため、彼の代わりに手紙を書く役割を与えられた者がいるのである。実際には、切手の裏側を舐める係りの者は、手紙を書く係りの者に使われることとなる。だが、そこで使われる人物と使っている人物の間に階級などの上下関係は存在していないのが驚きだ。「わたしたちはすべてあの純真無垢なるお方にお仕えしているのです。この意味でわたしたちは皆平等なのですから、上下関係など発生するわけがございません」と以前に私は彼に仕える召使のひとりに聞いたことがある。また「あの純真無垢なるお方のために働くことが、わたしたちの喜びのすべてです」と彼女(ちなみに城にいる召使たちはすべて女性である)は言った。目を子どものように爛々と輝かせながら。このような暮らしが続けられる人物を成功者と言わずしてなんと言おう。
 残念なことに、怪人アスタカの父、総一郎は自分が子どもに託した希望が実現するのを目にする前に、考えられる限りもっとも残忍な手段によって暗殺されてしまうのだが(これについては後述する)、もし総一郎がまだ存命であるならば、きっと彼はこう言っただろう――「我が子、怪人アスタカは生まれながらの構造主義者である!」と。はじめに物があり、そこに名前が与えられたのではなく、まず名前が恣意性をもって(!)与えられ、それによって物が認識可能なものとして世界に表れることとなる。怪人アスタカの誕生と、その後の活躍ぶりというものは、以上のようにソシュール的な説明によって彩ることが可能なのだ。だからこそ、我々は今叫ぼうではないか! フェルディナン・ド・ソシュール、万歳! 構造主義、万歳!