元大統領の遠縁の男
酒は百薬の長とはよく言ったもので、藤森常吉は毎晩5合の酒を飲んでからでなければ布団に入ることはない、と豪語するほどの酒豪でありながら、鯖野に住む年寄り連中のなかでももっとも頑強な肉体を持つ男だった。齢は還暦をとうに過ぎ、今や喜寿にさしかかろうとしていたにも関わらず腰などひとつも曲がっておらず、畑仕事も決して息子夫婦には任せてはおけぬといった様子でトラクターやスプレーヤーを自ら駆り、年中ほとんど休むことなく土にまみれながら暮らし、そして毎晩酒を飲むのである。彼の息子である藤森常夫はよく言ったものである――「おらほの親父は飲まねげれば死んっちまう」と。藤森常夫もそのときすでに50代の半ばであったのだが、父親が天寿を全うするまで自分に家長の座が譲られることはないのだろう、と思っているようだった。その年になっても家長の座を譲られないということは、この地方においては人格などになんらかの問題がある、という風に見られがちである。ただし、藤森常夫に限っては地元の農業高校を一番で卒業し、そのまま畜産大学にて研鑽を積んだという学歴が物を言い、農協の職員にも顔が利く、ということもあってそんな風に蔑視されることはなかったのだが、やはり自分の体面というものを一応気にはしていたようだ。彼の場合、その影響が顔に表れた――藤森常夫の顔は父と同じく百姓仕事をしていたにも関わらず、つねに青白い色が浮かんだ憂いを含んだ顔だったのだ。それはいかにも病弱で、鍬をふるって半日も仕事をすれば3日は寝込んでしまうように思われかねないものだった。一方、父親はと言えば顔はまるで秋深き時候の夕暮れのごとき血色の良さで、強い日差しがあたれば眩しく輝くような顔色である。彼らの両極端すぎる顔色について「あだに似でね、親子はいね」などと私の祖母はよく口にしていた。
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