sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

酔い(中)

『酔い』(上)



 藤沢駅北口のミスター・ドーナッツでスジコはアメリカン・コーヒーとフレンチ・クルーラー、それからオールド・ファッションを注文し、窓際の席に座って読みかけの本のページを開いた。交通量の多い道路に面しているせいか、いつも薄く汚れている窓ガラスから土曜の午前中の陽射しが零れ、数分もすればそれがスジコの左半身を徐々に温めていく。こうして日光を浴びていると、前日記憶を失うまで飲んだアルコールの残滓が体内から消えていくような気がするのだ。パーカーのフード越しに感じる陽の光が、懐かしい人の温もりのようにも感じられるなかで、スジコはアメリカン・コーヒーを何杯もおかわりし、ページをめくっていった。ドストエフスキーの『悪霊』のカバーをかけた江國香織の小説のページを――スジコは、江國香織などの若い女性に人気がある作品に触れることによって、女性の気持ちが分かり、なにかの拍子で女性と仲良くなれるのではないか、と思って、その本を手に取ったのだが、三五歳の中年に程近い男性である自分がその女性作家の本を手にしているところを見られれば、たとえ赤の他人であっても恥ずかしい気がし、まだるっこしくドストエフスキーのカバーを被せる、という行為に及んだのだった。もちろん、そこには自意識過剰な羞恥心以外に浅はかな見得も姿を覗かせている。見られるのが恥ずかしいのであれば、書店でつけてくれるカバーをかけて済ませれば良いものを、なぜ、こともあろうにドストエフスキーなのか。あわよくば、文学好きで教養のある成年男子だと見られたい、そう思ってのことではないだろうか。スジコスミオとはそういう男なのである。よしんば彼の思惑が効を奏し、なにかの拍子で江國香織好きの女性に知り合いになったとしても、酔うなり、嘘で自分を塗り固めるなりしない限り、女性と会話することなどできないくせに。しかし目下のところ、彼の虚実に満ちた人間性についての考察などはどうでも良い事柄である。


 スジコは四杯のアメリカン・コーヒーを飲む間に四本の短編を読み終え、そろそろ店を出よう、と思い立ち、そして、皿の上に残っていたフレンチ・クルーラーの一欠けらを口に放り込んだ。それから口の端についてしまった生クリームを紙ナプキンで拭う間に、向かい側のテーブルに座っている若い――というか、スジコの年齢からすれば幼いと言っても過言ではない――女性がずっと自分の顔を見ているのが目に入った。女は制服を着ていた。女性の趣向というものが混迷を極める今日において、制服を着た女性が即ち女子高校生である、という結論に至るのはいささか単純であるが、スジコは彼女を女子高生である、という風に断定した。その女は自分と一瞬目が合っても、こちらを見つめ続けている。知り合いだろうか?と思ったが、自分の知人にそこまで若い女はいなかったし、自分の旧友のなかにもまだそこまで大きな子どもがいるヤツはいなかったはずだ――となると……わからなかった。スジコの手のひらは緊張で湿っていた。女性にこんなにも長く見られていることなど久しくなかったからだ。しかし、スジコは負けなかった。「あの、僕の顔になにかついていますか?」とさりげないつもりでスジコは女に声をかけたのだ――長い思案の末、これもなにかのきっかけになるのではないか……と思ってのことだった。


 スジコの声に応えるようにして女は微笑むと、彼女は自分の席を立ち、そしてスジコの席へと座った。ごく自然に、古くからの知り合いに偶然、このミスター・ドーナッツ藤沢北口店で出くわしたようにして。そして彼女はこう言った。「ねぇ、オッサン。七万でさ、アタシとどう?なんなら今はいてる下着もつけるけど」。スジコは急な展開に面食らい、湿った手のひらがびしょびしょになりそうな気がした――売春……?いまどきはこんなコでさえも体を売るのか……まったく……こんなマジメそうなコなのに。スジコの口からは仕事上の部下に小言を言うように、そんな言葉が出そうになる。しかし、それを堪えてスジコは代わりに「七万?ちょっとふっかけすぎじゃないか?」と言った。「それに、オッサンは言いすぎだ。こう見えてもまだ僕は二八なんだぜ?そりゃあ、君からしたら二八歳もオッサンかもしれないけれど」。スジコはまた意味もなく嘘をつく――そうすると、スジコは自分が自分でないように感じ、途端に体が軽くなるような気がする。この瞬間に、手のひらから滲み出していた汗がぴたりと止まった。スジコのなかでギア・チェンジが図られたのだ。女の方はと言えば、顔をしかめ、自分から持ちかけた交渉が成立する見込みの薄いことを見て取ると、早くも席を立とうとしていた。席を立つ瞬間に脇に抱えたバッグからはみ出した、ガラクタのコレクションのような携帯ストラップがじゃらじゃらと鳴る。それをスジコはひき止めた。もはや彼は三五歳のスジコスミオではない。少なくとも彼の自意識の中ではスジコスミオは、二八歳の、スジコスミオではない誰か、なのだ。自分よりも一回り以上年下の女子高生に見つめられるだけで緊張し、冷や汗を滲ませる、そのような矮小さは消え失せていた。なにかが始まるかもしれない。二八歳のスジコスミオではない誰かになり切ったスジコは、なにものかは分からない期待で背筋を奮わせた。俺は、こんなもんじゃない。やってやる(なにを?)。「ちょっと、待って。話は最後まで聞いたほうが良い」。


 スジコのその声に女は振り返り、相手がどう出てくるのか伺っている様子だった。店内ではさっきからずっとXTCの『Oranges & Lemons』の曲が大きな音で流れている。ふたりの会話は、このひねくれたサイケデリアによってかき消され、他の客の耳元には届かなかった。しかし「どうだろう。四万円なら払える」とスジコが微笑を伴って言った瞬間、女の顔に不快感を露にした苦いものが広がって(アタシを値切る気?ふざけてんの?)、女はすぐさま店の出口へと出ようとしてしまう。体の売り手であるアタシがこの交渉において絶対的に上位にある。買い手であるオッサンに値切る権利なんかないんだよ。だから、オッサンがアタシの言い値を飲まなかったら、それで交渉はおしまいなの――とでも言いたげに、女はローファーを踏み鳴らし、自動ドアをくぐっていった。その怒りの歩調をスジコは落ち着いて追っていき、さらに女の背中に声をかけた。「そんなに怒らなくても良いだろう?」。「気持ち悪いんだよ、オッサン!これ以上ついてきたら、人、呼ぶからね!」。気持ち悪いんだよ、オッサン……(気持ち悪いんだよ、オッサン)。スジコの脳裏に女の罵倒がリフレインする。普段のスジコがそのように言われたならば、三日は立ち直れないような言葉だったが、今はその罵倒の気持ちが快感に転じている。その言葉はあくまで、二八歳の、スジコスミオではない誰かに向けられたものであり、スジコスミオに向けられたものではないのだ。だが、悲しいことに現実の肉体はスジコスミオのものであるから、その快楽に対して、彼の男性器が反応したりはしなかったのをスジコは残念に思った。「わかった。これ以上ついていかない。でも、このまま少し話を聞いてくれないか?君にとっても悪い話じゃないんだ」とスジコは言う。「四万円で君の裸を見せて欲しいんだ。そして、僕の好きな本を朗読して欲しい。四万円で」。スジコはしっかりと、年下の部下に金曜日までに仕上げて欲しい仕事を依頼するような口調で、言った。


 しかし、女はその言葉をうまく理解できない。そのような申し出を受けたことは今まで一度も経験したことがなかったのだ。思わず「は?」と言って聞き返してしまう。「だからね、四万円渡すから、君は裸になって僕の好きな本を朗読して欲しいんだよ」。スジコは繰返す。「その間、僕は君に指一本触れはしない。キスも、フェラチオも、挿入もしない。君はただ、僕の傍らで目の前にある文章を読み上げてくれれば良いんだ。ただし、裸で、だけれども」。そう繰返されても、女にはいまいちピンとくるものがない。ただ、今ここに相対している(やけに長いまつげの奥の目を爛々と輝かせている)男が真性の変態であるという確信だけが女の胸中で強くなっていった。


 この場合、女が困ってしまったのはこの男の申し出が、自分にとって良い話なのかどうか、の判断が出来ないことでもある。自分の女性器にオッサンの(穢れた)男性器を挿入させ、オッサンの(臭い)舌が自分の首筋を這うのを我慢すれば、七万円。この交換は妥当だ、と女は思っていた。その価格決定に関しては、周囲の自分と同じように体を売る少女たちも概ねそのような金額を、自分の父親と同じぐらいの年齢の男たちに要求していたことを、彼女は知っていた。七万円で本番可能という売春行為は、その周辺ではいわば慣習として成立していたのである。しかし、裸になって男に読み聞かせをおこなう代わりに四万円を貰う、という一種の商行為についていえば、いまだ慣習になっていなかった。よって、四万円でその行為を行うことに関しての妥当性を彼女は見出せなかったのである。こうして考えてみると、彼女が見につけていた価値基準体系――本番:七万円、フェラチオ:五万円、手コキ:三万円、キス:二万円――が果たして妥当なものであったのかどうかすらも怪しく思われてくる。女はこれまでに四人の男を相手にして本番行為に及んだことがあったけれども、その対価として得た二八万円は的確な値段だったのであろうか、と自問する。その二八万円は、マーク・ジェイコブスのサンダルや、今バッグのなかに忍ばせているルイ・ヴィトンの長財布(春の新作で、村上隆がデザインしたカラフルなモノグラムが、ピンクのエナメル革にプリントされている)や、iPod nanoなどに変化した。が、もしかしたら本番七万円という価格は搾取染みて不当な値であり、本当ならば華々しい欲しい商品リストに×印をもうひとつぐらい増やすことができたかもしれない。そもそも、朗読など学校の退屈な授業の間にもおこなう行為であるにも関わらず、それが裸で行うだけで、四万円を生み出す行為へと意味付けが変化すること自体、女には不思議だったし、男の欲望に応えることが金を生み出すことを彼女は重々承知であったつもりだが、世間にはまだまだ知らない欲求というものがあるのだ、ともう少しで感心してしまいそうだった。スジコの提案は以上のように、女の考えを根幹から揺るがした。手製爆弾がビルの地下室で派手に爆発したかのように。


 「ホントに、指一本触れない?」と女はスジコに訊ねた。困惑のなかで、彼女のなかから威勢が失いかけているのをスジコは見て取り、彼は握っていた拳に力を入れた。勝った、とスジコは思った――握り拳は、ささやかなガッツ・ポーズだったのである。「もちろん。繰返すけれどね」。スジコは自分では爽やかだと思ってやまない精一杯の笑顔を浮かべて言った。「キスも、フェラチオも、挿入もしない。それにね、僕はインポなんだ」。「え?立たないの?」と女は一層困惑しながら聞き返す。「そう、立たないの。もしかしてインポの男に会うのは初めて?」。女はスジコの言葉に頷きながら、妙な罪悪感を感じ始める。まるで、障害者の障害を悪気無しに指摘してしまったときのような……体を売ることに関してはこれまで一度たりとも悪いと思わなかったにも関わらず。また、相手がインポであることが「キスも、フェラチオも、挿入もしない」証明になるかどうかもよくわからなかった。


 しかし、結局のところ、女はスジコの申し出を承諾した。四の五の言っても仕方が無いのである。最終的に金額は四万円から五万円へと吊り上げることに成功したし、初めていわゆる“援助交際”をしたセンパイも初めは対価の設定について悩んだに違いない。商品の交換とは闇のなかでの跳躍なのだ。前例がなければ、アタシがその前例を作れば良い。女はスジコの車に乗り込むまでの間、そう考えていた。スジコは路肩のコイン・パーキングに駐車したゴールド・メタリックのマツダデミオへと女を案内した。「クワトロ大尉専用機だよ。もっとも、大尉の専用機にしてはいささか燃費が良いかもしれないけれどね」とスジコは運転席に乗り込んでハンドルを握る間際、女へと声をかける。もちろん、その言葉が彼女に通じることはない。女は言った。「ねぇ、どこでするの?」。「本は僕の家にある。だから僕の家」とスジコは答える。「一応、念を押しておくけど、変なコトしようとしたら、コレ、あるから」。信号待ちの間に女はそう言って、バッグのなかからスタンガンを取り出してちらつかせた。スジコはそれを見て笑った。「そんなに心配しなくても良い。三時間もすれば、また駅に送ってあげるよ。その頃には君の財布のなかには五万円がしっかり入っていて、ほくほくした気分で家に帰れる。そうだ、後部座席にクーラー・ボックスがある。そこに缶ビールが入ってる。飲みたければ飲んで良い。リラックスしよう」。女は押し黙っている。「飲まないのかい?」信号が青になる。スジコの視線がふと女の太ももへとたどり着く。その年代にしては、細く、おそらく年中ダイエットをしているに違いない肉の少ない太ももに、スジコは奮えた。素晴らしい。足は飾りではない。凡人にはそれがわからんのですよ。


(つづく)