夢の城
会うべき男は、ヘルシンキから北へ二五キロほど行ったところにある古い城に住んでいる、という話だった。男は戦後すぐに日本からフィンランドへ渡り、スウェーデンで制作された無修正のブルー・フィルムをアジア向けに輸出する事業で成功し、その古い城を買い上げた。男はかなり高齢なはずだが、それでも輸出する作品はすべて自らの眼で確かめることも今でも続けている。城には常時二千本近い映像が、男に観られることを待っているらしい。空港から私を乗せてくれたタクシーの運転手に、その城の住所を伝えると「ああ、あの城のことかい?」と言って、ニヤリと笑い「お客さん、日本人だろう? やっぱり日本人はああいうのが好きなんだね」と付け加えた。城の中に住む男の仕事はフィンランドでも有名らしかった。空港から都市部を抜け、そしてまた郊外へと進んでいくタクシーの車窓から見える異国の風景は、穏やかに変化していく。寒冷地特有の針葉樹林のなかにその城はあった。灰色の石によって組まれた、ゴシック調のファサードはアイルランドのダンセイニ卿の城を想起させた。しかし、その城には多くの幻想的な短編の源流となった建物とは違い、アジアに住む人々の性的な欲望によって財を成した男が住んでいるのを思い出すと、ダンセイニ卿の城のイメージはすぐに掻き消えてしまった。タクシーの運転手は料金を払うときになって「私らはね、この城を『図書館』って呼んでいるんだよ。でもね、誰もあの城の主を見たものはいないんだ」と言っていた。図書館? 二千本のポルノを収蔵した?
どうして男を訪ねることになったのか。私がこの気の進まない旅路につくそもそものきっかけとなったのは、ジョルダーノ・ブルーノの研究者であった大叔父だった。「フィンランドには戦友がいてね。南方では何度も死にかけた間柄なんだ」とあるとき大叔父は言っていた。まだ、彼もそして彼の兄であった祖父も生きていた時分だ。長患いの末、祖父が死んだ半年後、大叔父は自宅のベッドで息を引き取っていた。彼の研究対象であったブルーノのように、世間を忌み俗流を嫌って、大衆に満足しえずに、ただ一者(つまり神のことだ)のみを愛していた彼は、生涯独身を貫き、安達太良山の中腹に庵のような建物を立て、晩年をそこで過ごしていた。彼の死を最初に認めたのは、牛乳配達の若者だった。両切りのピースの煙が染み込んだ樫作りの書き物机の引き出しから発見された遺書には、フィンランドの男の住所、そして大叔父の死を男に直接伝えて欲しいという言伝があった。親族会議の決定により、その役目は私に委ねられた。「なぜ、私が? 私にだって仕事があるのに、まだ学生の人だっていたでしょうに。彼らのほうが時間があるし、それに彼らのためにだってなるかもしれない」という私の抗議は受け付けられなかった。「君も男なら聞き分けたまえ」。私に与えられたのはどこかで聞いたセリフだけだった。
続きは『UMA-SHIKA』第二号で!
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