フランセス・アッシュクロフト『人間はどこまで耐えられるのか』
人間はどこまで耐えられるのか (河出文庫)posted with amazlet at 09.03.26
原題は「Life At The Extremes」。タイトルだけからすると、ナパーム・デスとかライトニング・ボルトとかそういうエクストリームな人たちを愛好する人々の人生を追った本かと思いがちだが*1、実際のところはイギリスのオックスフォード大学で生理学を教えている科学者が書いた「人間は極限状態にどこまで耐えられるのか」を詳細に示した本である。全7章の内訳は以下の通り。
- どのくらい高く登れるのか
- どのくらい深く潜れるのか
- どのくらいの暑さに耐えられるのか
- どのくらいの寒さに耐えられるのか
- どのくらい速く走れるのか
- 宇宙では生きていけるのか
- 生命はどこまで耐えられるのか
この本では人間だけに留まらず、他の種の動物や微生物などにもフォーカスがあてられ、また、そういった極限状態に対して生命の身体はどのような反応を示すのかも紹介される。言ってしまえば、一種の科学雑学本なのであるが、とても面白かった。著者(女性)の語り口もとてもユーモラスで「きっと良い感じのオバサンなのだろうなぁ」と想像がつき、調べてみたら本当に良い感じのオバサンだったので余計に親しみを抱けてしまった。
しかし、雑学本とはいえ得るものもかなりある。個人的には「どのくらい速く走れるのか」で紹介される、長距離ランナーが用いると言う「カーボローディング」*2という食餌計画の話などは、(私も長距離を走りたいと思っているので)とても参考になったし、他にも感動してしまう部分さえあった。なかでももっともグッときてしまったのは「どのくらい高く登れるのか」におけるこの部分だ。少し長くなるが引用しておこう。ここでは、中南米におけるスペイン人の侵略の歴史と高度が人体に及ぼす影響が紹介される。
スペイン人は標高約4000メートルにポトシの町を建設したが、ここはまさに辺境の地で、女性や家畜は出産のためにふもとへ下りなければならず、子どもが生まれてから1年は低地で育てた。先住民の女性は妊娠も出産も影響を受けなかったが、高地で生まれたスペイン人の子どもは死産か、生後2週間以内に死んだ。町の建設から55年後の1598年、クリスマスイブにスペイン人の子どもが初めて元気に生まれ、聖ニコラウス・トレンティヌスの奇跡と称えられた。「奇跡の子ども」は6人生まれたが、みな成人する前に死んだ。それから2、3世代をかけて、おそらく先住民との混血が進んだために、人間の出産をめぐる障害は克服された。しかし牛や馬は不妊の傾向が続き、結局、スペイン人は都をリマに移した。*3
この一節に、ちょうどラテンアメリカの小説家が書くような長大な大河小説に匹敵する感動を抱かざるを得ない。ここには歴史の大きな物語――人間の身体の高地への適応と言う――が凝縮されている。あと「体にフィットするズボンはセクシーに見えるが、皮肉なことに、実は男性の生殖機能を衰えさせている。精巣を締め付けて熱の発散を減らし、ひいては精子の生成を減らしているというわけだ*4」という記述も気をつけようと……思った。