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2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

トンマーゾ・カンパネッラ『太陽の都』

太陽の都 (岩波文庫)
太陽の都 (岩波文庫)
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トマーゾ カンパネッラ
岩波書店
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 後期ルネサンスを代表する思想家であるトンマーゾ・カンパネッラの『太陽の都』を読みました。この人は、生涯の大半を獄中で過ごした、というハードコア・パンクな方なんですが、この本についても獄中で書かれたものだそうです。当時、スペインと教会との二重支配に苦しんでいた南イタリア独立運動に参画していたのがバレて捕まったカンパネッラは、死刑を逃れるために狂気を装うことによって終身刑を手に入れる。『太陽の都』はそのときの服役生活中に書かれています(1602年)。政治犯として捕まるぐらいですから、カンパネッラが腹に一物どころか二物も三物も抱えていたことは明らかですが『太陽の都』で語られる理想国家には、そうした彼の理想が投射されているように思われます。


 本の内容は、コロンブスの新大陸発見の船旅に航海士として同行したジェノヴァ人が、ふとしたことで立ち寄ったタプロバーナ島(スマトラ島、またはセイロン島)に存在していた素晴らしい国「太陽の都」の様子を、聖ヨハネ騎士修道会の騎士に物語る、というもの。そこでは都市の建築物、政治、風俗、思想などが語られるんですが、これがどれもものすごく面白い。


 まず都市の建築についてですが、これは同心円状に建てられた7層の壁に囲まれる円形都市になっていることが描写されます。そして、その壁には博物学的な知が描かれていて(壁ごとに書かれている知識の種類・分類が違う)、太陽の都の市民は壁のまわりを歩いているだけで学習ができる、という風になっているのです。こうした仕組みが、記憶術*1的に興味深いものであることは言うまでもありません。ライナルド・ペルジーニの『哲学的建築』でもまず言及されるのはこの書物のことでした*2。しかし、これ以上に面白かったのは「性生活」についての章で。優秀な人間が生まれることが国家にとってなにより重要、という方針から太陽の都では徹底的なセックス・コントロールがおこなわれるのです。まるで男女ともに「生む機械」として考えられているかのよう。男女がセックスをする時間は、占星術によって生まれてくる子どもにとって最も良い時間を決定され、決められた相手としなくてはならない。


 たとえば、学者は「知的活動に専念しているため動物的精力が弱」いので、「劣等な種族」をつくることになるから、活発で健康な美女と交わらせる。今風に言えば、草食系男子と肉食系女子カップリングすることになりましょうか。逆に、空想的で気まぐれな男たち(日々エッチなことばかり考えている男たち)は、太っていて温厚な、おおらかな女たちと交わることになります。なにか「大家族のお母さんはみんなふくよか」という法則を暗示するかのようです。なかなか厳しい話ですがそれもこれも、太陽の都では「子づくりの営みにしても、私的な善ではなく公共の善を目的とする宗教的行為」として考えられているからなのですね。


 こうしたガチガチの管理国家から、想起したのはアリストテレスが『政治学』で説いた理想国家の姿なのですが、カンパネッラ自身が反アリストテレスの人だった、というところが気になります。現に「世界は全部なんらかの秩序によって大系だてられていて例外はない!」というアリストテレスの世界観を、カンパネッラは天文学的計算の結果と実際の星の運行がズレることを「例外」的な世界の穴のように考えて、アリストテレスの世界観が間違ってるよ! と主張する。私が乱暴に『政治学』の理想国家と、太陽の都を接続しているだけかもしれませんが、反対しているものと言っていることが一緒になっちゃってない? というのをカンパネッラはどのように考えていたのでしょうか。


 繰り返しになりますが『太陽の都』はさまざまな方面から味わい深い本で、とても面白かったです。好きな部分を全部抜き出しておきたいところですが、ここでは太陽の都における「死刑制度」について引用しておきましょう(〔〕内はラテン語訳版からの補足。『太陽の都』の原典はイタリア語です)。

死刑はただ、全人民が共同で執行する場合にのみ可能です。死刑執行人などはいないので、全市民が石を投げて殺すか焼き殺すかします。火刑の場合は、すぐ死ねるように火薬による方法を選ばせてやります。〔死刑囚は火薬を詰めた袋を身の回りに置き、りっぱな最期をとげるよう人びとに励まされながら、それに火をつけ、みずからを焼いて灰になるのです〕。全市民は泣き悲しみ、神の怒りをしずめようとして祈りをささげ、共和国のからだから腐敗した一部分を切除するような事態に立ちいたったことを嘆きます。(P.79-80)

 火薬による爆殺という華々しい死のあとに、全市民で嘆き悲しむ、という劇的な状況が素敵だなあ……! 翻訳もかなり読みやすいものとなっており、訳注も大変丁寧。占星術関連の基本的な用語についても詳細な解説がおこなわれており、ルネサンス思想の世界に入門するために適切な本のようにも思われます。