sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

オリヴァー・サックス 『オアハカ日誌 メキシコに広がるシダの楽園』

 著者のオリヴァー・サックスは、ロビン・ウィリアムズロバート・デ・ニーロが出演している映画『レナードの朝』の原作者で、『妻と帽子をまちがえた男』などの優れた医療エッセイを書いている脳神経科医。以前からこの人の本はいくつか好んで読んでいたから、古書店でこの『オアハカ日誌』を見つけたときは「オリヴァー・サックスってあのオリヴァー・サックス?」と驚いた。彼は、なにやら少年時代からシダ植物が大好きだったそうで、本書は彼がシダを観察するためにメキシコのオアハカを旅する……という「物好き旅日記」のような内容となっている。もちろん私はシダのことなんかまったく知らない。著者と一緒に旅するシダ愛好家たちのユニークな振る舞いや、メキシコの描写はとても楽しく読めた。オアハカはメキシコの南部の町で、サポテカ文明の祭祀場だったモンテ=アルバンという遺跡で有名な町だそう。本書には、シダばかりではなく、こうした遺跡の描写もある。


 私はあまり旅行をする性質の人間ではないけれど、この本で描かれているように似た趣味を持つ人たちと、何らかの明確な目的をもって旅をする楽しさみたいなものが理解できる気がした。仕事の同僚や親しい友人とも違う旅の仲間の存在は、旅の時間を普通よりも大きく日常から切り離してくれる気がする。旅、というか移動には普段とは違う時間の使い方、時間の流れ方がある。今、自分がどこにも所属していないような浮遊感、というか。そうしたなかだからこそ、自分が生きている場所とは異なる土地の風景が一層新鮮に映ることもある。サックスはこの本のなかでそうした旅行中のハイなテンションを描くことにも成功していると思う。


 ちなみに本書は「ナショナル・ジオグラフィック」誌の旅行記本シリーズの一冊として刊行されたもの。このいつも素晴らしい写真が掲載されている雑誌は、高校時代の担任の先生がクラスのお金を使って、ほとんど勝手に購読していた。クラスメイトの意見を聞くわけでも、多数決を取るわけでもなく「俺のクラスでは『ナショナル・ジオグラフィック』を定期購読するからな!」と決定されていたのである――なので、クラスに置いてある雑誌を読んでいた人は、あんまりいなかった。『オアハカ日誌』とはまったく関係ないが、ふと思い出す。かなり変わった人だったけれど、今思うと良い先生だったなあ、とか。