ヒルデガルド・フォン・ビンゲン 《宗教歌曲集》
Spiritual Songsposted with amazlet at 11.03.27
図書館で借りてきた古楽について感想を書いていくシリーズ、本日は史上で最も古い女性作曲家といわれているヒルデガルド・フォン・ビンゲンの《宗教歌曲集》について。この人は12世紀の神聖ローマ帝国内、現在でドイツ南西部あたりで活躍していた修道女で、幻視体験をもっていたことでも有名な人物。私がこの人物について知ったのは、スウェーデンの民俗音楽×ロックバンド、ガルマルナ経由だったのだけれど(彼らはヒルデガルドの音楽をモチーフにしたアルバムを出していた)、ヒルデガルドの音楽に触れて「なるほど、ガルマルナがもっている神秘的な雰囲気は、ここから継承したものだったのか」と思った。この《宗教曲集》は、ヒルデガルドが啓示を受けて書きのこしたものだったという。幻視体験を持っていた人物だけあって、作曲の動機まで神秘的なのだが、その作品には法悦的な清浄さだけではなく、どこか薄暗い雰囲気もある。
宗教体験のように聴取される音楽といえば、ワーグナーやブルックナーの音楽を想起するが、それらの圧倒的な荘厳さとはまるで違った雰囲気を、宗教体験から生まれた音楽が含んでいることが興味深く思った。これを聴いて、キリスト教の音楽である、と一発で言い当てることができる人はあまりいないのではないか、とさえ思う。バッハやヘンデルといった作曲家が18世紀に書きのこしたキリスト教を題材にした音楽と比較すれば、ほとんど異教と言ってもよい。私は音楽史の専門家でもなんでもないけれど、12世紀からどのように西洋の音楽が変質し、より親しみを感じるほうのキリスト教音楽にたどり着いたのか、について強い興味を持った。12世紀から18世紀、日本で言ったら平安末期から、徳川吉宗の時代ぐらいの時間が流れているわけで、そりゃあ音楽も変わるのが当たり前だろう、とも思うけれども。
これは声楽曲を中心としたCDだが、いくつか器楽曲も収録していて、こちらも面白い。ここまで来るとクラシックのなかの《古楽》コーナーよりは、ほとんどワールド・ミュージックの世界であり拍子感が上手くつかめない舞曲風の楽曲が聴いていて愉しい。演奏はセクエンツィアという中世音楽専門のアンサンブル・グループ。1977年にベンジャミン・バグビーとバーバラ・ソーントンという人によって結成され(バーバラ・ソーントンは1998年に脳腫瘍で早世している)、現在もベンジャミン・バグビーを中心に活動している。当アルバムの発表は1983年。ベンジャミン・バグビーと言う人は、歌手でハープも弾けて、かつ中世音楽を専門とする学者でもある。古楽系の人は色々できる人が多くてすごい。