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2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

Robert Wyatt, Gilad Atzmon, Ros Stephen/For The Ghosts Within

For the Ghosts Within
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Robert Wyatt Gilad Atzmon Ros Stephen
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 ロバート・ワイアットの新譜はギルアド・アツモン(マルチ・リード奏者)とロス・スティーヴン(ヴァイオリン)とのコラボレート・アルバム。ストリングスやサックス、クラリネットといったアコースティックな伴奏をバックに、ワイアットが歌う、というとてもシンプルな内容となっています。ここでオリジナル作品とともに取り上げられているのは「Round Midnight」や「Lush Life」、「What A Wonderful World」といったジャズの名曲のカバー……というわけでチェックしないわけにはいきません。ただ、実を申しますと私、「ワイアットの歌声」(世間では、イノセンスを象徴するような素晴らしいものと評されている)に対して「好きなんだか、嫌いなんだかよくわからない」という複雑な気持ちを抱いておりまして。唯一無二の歌声には違いないのだが……と思いつつ、イマイチどっぷりとこなかったのでありました。これは結局、私が好きな(好きだった)ワイアットって、ドラムもバカスカ叩いて、たまに歌う、ワイアットなんですよね〜、ということなんでしょう。


 このアルバムを聴いていて連想したのは、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの『記憶喪失学』というアルバムでした*1。ワイアットの今回のアルバムのストリング主体の音作りが、ペペ・トルメント・アスカラールの音と単純にリンクした、だけかもしれません。しかしそれだけではない。ワイアットのヴォーカル、菊地成孔のそれとにも共通したサムシングを感じたのでした。中性的でテクニカルではない(未熟なボーイ・ソプラノみたいな、あるいはちょっとオカマっぽい)ところ、とかね……いやはや、自分でもワイアットと菊地成孔がリンクするとは驚きなんですが、だってそう思ってしまったんだから仕方ないじゃん! と開き直ることにしましょう。


 ただ、こうした連想が浮かんだからといって「初めてワイアットの歌声が好きになれた!」とアハ体験するわけでもなく、いまだに自分でも彼の歌声が好きかどうかわからないのでした。でも、なんかすごく今回のアルバムはひっかかるものがあって、何度も聴きなおしてしまいそうな気がします。喉から腕をつっこまれて、頭の裏側から「記憶」をつかまれている、ような気持ちになるのです。それはもちろんジャズの名曲のカバーに聞き覚えがあるから……でもあるのですが、もうひとつはギルアド・アツモンの演奏にも要因があるように思われるのでした。彼の名前からして「ああ、この人はユダヤ系の人なのかな」というところがありますけれども、彼の演奏にもしっかりとユダヤ民族の痕跡が刻まれているように思います(とくにクラリネットの演奏)。


 あとで調べて知ったのですが、このギルアド・アツモン、イスラエルに生まれながら「イスラエルを亡命し」、現在は反シオニズム活動をおこなっているそうで(しかも、作家としても活動しているらしい)、こうした経歴からはきっと強烈にネジれた民族的アイデンティティを持っているに違いない……と想像してしまいますが、しかし、アイデンティティがネジれているからこそ、結果的に彼の音楽から「生まれ」が表出している、とも言えるのでしょうし、ネジれている彼がクラリネットでクレズマー風の旋律を奏することは、自らのアイデンティティに対する批評的/批判的な磁場を発生させているようにも感じます。これもひとつの(民族の)記憶をなぞること、なのかもしれません。