sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

John Coltrane『Meditations』

Meditations
Meditations
posted with amazlet at 08.06.05
John Coltrane
Impulse! (1996-09-24)
売り上げランキング: 87272

 「普段はフリーやってるころのコルトレーンなんか、聴き返したりしないんだけどさ。棚を眺めてて、ふっとタイトルが目に入ったりすると、つい聴いちゃったりするんだ。あの頃のコルトレーンの音楽を理解してたかって?――そんなわけないじゃない。あれはやっぱり理解不能な音楽なんだよ。そして、だからこそ魅力的なんじゃないかな。
 でも、聴き返しているとさ、『分かる』って言う感じではないんだけれど、『これってとても悲しい音楽なんじゃないか?』って思うことがあるんだ。
 コルトレーンの横には、ファラオ・サンダースがいてバリバリ吹きまくっている。その後ろにはジミー・ギャリソン、それからエルヴィン、ラシッド・アリ。そしてマッコイ・タイナーが鋭利なピアノを響かせている。なんて言うんだろうな。ジャングルのなかに住んでいる部族が、族長の娘の結婚式をやっているみたいな、そういう盛大な音楽が鳴っている。
 でも、そういう壮絶な音楽の中でも、コルトレーンはやっぱり孤独だったんじゃないかな、って思うんだよ。もちろん、あのグループのリーダーは彼自身だった。それなのに彼は、祭のなかに迷い込んでしまった旅行者みたいに演奏している――結局、あのグループにも彼の『理解者』はいなかったんじゃないか?どうだろう?」
 7杯のジャック・ダニエルをストレートで飲み干した彼の目はもはや焦点を失っていて、壁にかかっていたパウル・クレーの絵に向かって話しかけているようだった。私は何も答えなかった。ジャズを、というか音楽を、感情で語らないこと。それが私と彼との間で決め交わされた数少ない約束事のひとつだったのだ。そんな言葉は、結局のところ、音楽のなかに自分の感情を投射しているに過ぎない――そこでは、まるで音楽のことなど語られていないのだ。「コルトレーンが孤独である」と言ってしまうことは、つまり「俺は孤独だ」という言明に他ならなかった。しかし、私が、彼の言葉に肯定も、否定もしなかったのはそれが理由でもあった。
「なぁ、なんかあった?」
 彼もまた、私の問いかけには答えなかった――しかし、そのときになって漸く私は、彼の薬指からいつもつけていたはずの銀の指輪が消えていることに気がついた。沈黙はしばらく続き、その間、彼を嘲笑するように「Straight No Chaser」が店のスピーカーから流れていた。
 結局、あのとき彼に何があったのか、私はいまだに知らないでいる。私より1年早く卒業した彼は仙台の実家に戻ってしまった。連絡先が分からなくなってしまった今では、彼がまだ、孤独なコルトレーンを聴いているのかどうか、それすらも聞くことができない――コルトレーンが本当に孤独だったのか、不在のコルトレーンに対して訊ねることができないように。