sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

ピンチョン『メイスン&ディクスン』を読むためのヒント/メモ #1

 ようやく私の夏休みもやってきた、ということで今回は夏休みの課題図書にピンチョンの新刊『メイスン&ディクスン』を。この作品は18世紀が舞台となり、主人公であるメイスンはグリニッジ天文台に務める天文学者、もうひとりの主人公ディクスンはメイスンのサポートを務める測量士である。どちらも実在の人物で、ふたりが成した業績についてはウィキペディアなどを参照していただきたいのだが、ピンチョンらしいわるふざけ満載のロード・ノヴェルとなっている。今回は一切メモなどを取らず、自分の整理力/読解力を試してみたい……と思ったのだが、山形浩生でさえ原著を50ページで投げ出した大作であるため(分量よりも古英語を使用した文体の問題があるのだろうが)、200ページを超えたりあたりからキツくなってきた。このまま読み飛ばすのも勿体無いので、こうしてブログにメモ的なものを書き残しながら読みすすめていきたい。夏休みの自由研究? それにしてもこれだけ読むのに苦労させつつ、同時に楽しませてくれる作家ってすごいよねえ。翻訳してくれた柴田先生もご立派(超読みやすいっす!!)。


 作品中には主人公が天文学者であるため、天文学の用語が登場する。ここ最近は、初期近代思想がらみの本を読んだりしていたのでそこで得た知識が少し役立っている。200ページのあたりから、聖ヘレナ島に滞在するメイスンと、その島の天文学者マスクラインが互いにホロスコープ(出生天宮図)を計算しあうところなど「おっ」と思った。出生天宮図とは文字通り、自分が生まれた瞬間の星の配置を写した紙のことで、占星術の人たちはこの図を計算によって作って、その人の運命を予言する、という一種の技術者だった。天文学者がこうした技術を体得していたのはなにも不思議なことではない。また有名人のホロスコープは出版物としても人気を博し、16世紀のジロラモ・カルダーノ、という人は時の王様のホロスコープを作成して出版し、一山あてたりしている。このあたりの占星術天文学についてはアンソニー・グラフトン『カルダーノのコスモス ルネサンス占星術師』に詳しい*1

カルダーノのコスモス―ルネサンスの占星術師
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 そのほかヒポクラテス/ガレノスによる四体液説への言及などもあり、ピンチョンの博覧強記ぶりが伺える。天体は体液にも影響を与える、ということは割りと基本的な知識(天体=マクロコスモスと人体=ミクロコスモスの照応)で、たとえば「土星の影響が強くなると黒胆汁の分泌が増えて憂鬱な気質が増す」といった話がある。18世紀にこうした気質論が一般的だったかどうかはわからないが、小説内の世界を把握するために覚えておいて損はない知識だろう。