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2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#2 アストリアス『大統領閣下』『グアテマラ伝説集』

 集英社ラテンアメリカの文学」第2巻には、グアテマラの作家、ミゲル・アンヘル・アストリアスの『大統領閣下』と『グアテマラ伝説集』が収録されています。巻末の解説によればアストリアスは、ボルヘス(アルゼンチン)やカルペンティエールキューバ)らと同世代。彼もまた「マジックリアリズムの先駆者」とされているそうです。ガルシア=マルケスフエンテスリョサと言った才能が爆発的に羽ばたき始めるのは1960年代に入ってからのことですが、アストリアスの作品には「マジックリアリズムの先駆者」という評価に相応しい、“ラテンアメリカ文学の形式”の原型のようなものを強く感じました。『大統領閣下』は、1970年代になって多く書かれている「独裁者小説」(ガルシア=マルケスの『族長の秋』がその代表と言えましょう)のオリジナルでしょうしね。


 『大統領閣下』は、ある晩に悪名高い一人の大佐が狂犬病にかかった乞食の手によって殺されるという事件からはじまります。大統領はこの事件を自分の地位を脅かす革命因子を根絶やしにするためのキッカケとして利用しようとします。その陰謀によって将軍、ミゲル・カラ・デ・アンヘルと、穢れなき少女、カミラの運命は翻弄されていく。独裁政治と政治的な腐敗を暴き出すジャナーリズム的なまなざしが、シュールレアリスムを経由した筆致と混ざり合うことによって、特別に力強い文学作品へと昇華されているように思いました。腐敗したシステムという悪がどのようにして、ひたむきな善を叩き潰していくのか。このテーマは今日的にも意義深いものでありましょう。


 『グアテマラ伝説集』はアストリアスの処女作だそうです。この仏訳がポール・ヴァレリーに絶賛され、アストリアスはヨーロッパの文壇で一躍脚光を浴びることになるのですが「まぁ、こんなのがいきなり現れたら、そりゃあ驚くだろうなぁ……」という異教感漂う作品でした。南米大陸にヨーロッパの文明が流入する前に繁栄していた文化と、流入以降のキリスト教的な文化が混合して成立した神話の特殊性は、シュールレアリストでなくとも喜んだに違いなく、現に私も大変面白く読みました。エキゾティックなだけに留まらない異世界を覗かせてくれる。

 なお、『グアテマラ伝説集』は最近岩波文庫からも出ています。