最もザッハリッヒなジャズ
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これらはいわゆる「第二期黄金クインテット」と呼ばれる時期のもので、マイルスが集めてきた若いミュージシャンの演奏もすごいのだが、マイルス自身もバリバリである。ウェイン・ショーターが空間を切り裂くような速いパッセージで常にエンジン全開で攻め込んでくるのに対して、マイルスは緩急をつけて「ここぞ!」というときにビシバシとカッコ良いフレーズをキメてくる。この音楽の運び方が絶妙すぎる。
もうひとつすごいと思うのは、マイルスのアルバムなのにほとんど彼自身によって書かれた曲がないこと(4枚の合計26曲中、マイルスは2曲しか書いてない)。想像すると、大部分をテオ・マセロと組んで二重プロデュース状態で製作を進めていたんだろうけれど*1、音楽のまとめ方が素晴らしすぎて感動してしまうばかりだ。
「マイルスって指揮者とか向いてたんじゃないかなぁ」などと思う。この頃のバンドってベルリンフィルみたいだし、ビジネスの上手さとかの面でも、20世紀音楽におけるもう一人の“帝王”ヘルベルト・フォン・カラヤンと重なる部分は多い。他に似たような点としては女人禁制のベルリン・フィルにザビーネ・マイヤーを入団させたことや、バンドにビル・エヴァンスを迎え入れたことなども挙げられる。
話が薀蓄語りへと捩れてきたので、音楽から与えられる印象に戻そう。
「何故、こんなにこの4枚のアルバムは“カッコ良い”のか」と問うたとき、私が考えるのは「これは一切“感情が入り込む隙間がない音楽”だからだろう」ということだ。4枚のなかで、ほとんどマイルスは感傷的なバラードを取り上げない。すすり泣く様なミュート・プレイも聴くことができない。そこには高度な即興演奏技術と、ミステリアスな作曲技法(そしてミステリアスな曲タイトル)があるだけである。
このような音楽に対して、我々は通常するような方法で理解しようとすることを断念しなくてはならない。「演奏者(作曲家)がどのような気持ちで音楽を作っているのか」とか「音楽に込められたメッセージ」などを想像して(もともとそれらは勝手な想像に過ぎないのだが)、この4枚のアルバムを「分かったような気になること」はできないのだ。よって、これらの音楽は感情的なアプローチによる批評をも遠ざけている。こういう音楽の在り方は、20世紀に生まれた「新音楽(例えば、シェーンベルクに代表される新ウィーン楽派など)」の在り方と非常によく似ているとも思う。
マイルスの音楽は“わからない”。それでも、すごくカッコ良くてシビれてしまう。
どこがカッコ良いのか、その魅力を説明しきることは不可能だ。演奏能力の高さが素晴らしい、という事は辛うじてできる。しかし、それでは全然「この音楽を説明すること」にはなっていない。
でも私は「この音楽は素晴らしい。カッコ良すぎる」と犬に誓って言うことができる。ミステリアスな雰囲気に好奇心が掻き立てられる、という気持ちもあれば、表現できないのは単に文章力・表現力がないせいでもあるけれど、理解できないものなのにこんなにもカッコ良く聴こえてしまうこと自体が奇跡に近いものとして感じられる。
あとは「四の五の言わず、聴いてください」としか他には言えない。というか最初から、そう言えば良かったのだ、と今これを書いていて思った。『Miles Smiles』、『Nefertiti』の2枚を特にオススメしておきます。ハービー・ハンコックはこの頃が一番「アーティストらしいプレイ」をしていると思う。
*1:『E.S.P』のプロデュースはアーヴィング・タウンゼンド。そのせいか他の3枚とは幾分雰囲気が異なる