M・ナイト・シャマラン監督作品『エアベンダー』
シャマラン新作。いやあ、これが本当の『ハプニング』だったのではないか……と上手いことを言った気分で劇場をあとにしたくなるそういう作品でした。悪いキャラクターはだいたいインド系の俳優。どこにシャマランが潜んでいるのかやっきになって探しながら観てしまいました。どうしてシャマランがこの作品を? これって続き物なの? などといくつも疑問は浮かぶのですが基本的には楽しく観ていられます。主人公は気・水・土・火の4つの要素によって構成された世界へ調和をもたらす特別な少年なのですが、たまたまそういう風に生まれてきてしまった(選ばれてしまった)少年として描かれているのが良かったです。ただし、その少年性によって世界の調和は大変なことになってしまうのですが。この選ばれた少年と真っ向に対立するのが火の国を追放された王子の存在。物語の基本はこの対立によって進んでいくように思われました。私としては徹底して選ばれない火の国の王子に肩入れしてしまいます。父親には見放され、妹のほうが才能に恵まれていて、おまけに徹底して選ばれている少年から「理解しあえたのに(どうして闘うの?)」と捨てゼリフを吐かれて敗北を喫する王子。この最低な負け犬感が良かった。
主人公は気→水→土→火の順番で技を体得しなくてはならない、という。この設定がアリストテレスの世界観を思い出させます(彼は気→水→土→火の順番で中心へと近づく同心円の階層的世界を想定しました)し、すごく問題がある感じのエキゾチックな描写も良かったです。たとえば、水の国にあるパワースポットでは桜が咲き、錦鯉が泳いでいる。そこには明らかに日本的な表象がありましょう。ただ、その表象はおそろしく場違いなものに見える。その場違いさは日本以外の人からすればすごくエキゾチックなものと映るでしょう。しかし、我々のようなネイティヴには全くのニセモノに見えてしまう。この場違いさはいわば、どこにも属さないマージナルなところに立っている。『エアベンダー』のファンタジックな異世界はそのマージナルな表現の中から生まれているようにも感じられるのでした。