sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

ウィキペディアはスキャンダルを滞留させる

 以前書いたこちらのエントリに対して、id:sumita-mさんから角力についてのメモ - Living, Loving, Thinking, Againというコメント的エントリ&トラックバックをいただいた。このエントリに私は以下のようなコメントを書いている(抜粋)。

バッシングについてはやはりインターネットという存在についても考えさせられます。かつては一過性の熱に過ぎなかった《ネタ》が、インターネット以降においては常に問題への再参入・問題の再加熱されうる状況を指摘できるでしょう。

 読み直すととても言葉が足りない感じがするのでこれに少し補足をいれつつ、話を進めていきたい。
 インターネット以前においては、スキャンダルやバッシングの火種(ネタ)は一過性のものであり、問題が加熱される祭り的な状況が一旦終わってしまえばなかなか掘り返されることのないものとして置かれていた。しかし、インターネット以降、とくにあらゆるものがデータベース化され、さらに検索によって容易にアクセス可能な状況が成立してからというものスキャンダルは一過性のものでなく、反復可能なものとなっている。
 たとえばある人物についてインターネットを使って調べるとしよう。検索サイトでヒットしたものの上位には、その人物のオフィシャルサイトとウィキペディアが表示される。オフィシャルサイトにはもちろんかつてその人物が起こしたスキャンダルについては記載されていないだろう。しかし、ウィキペディアにはしっかりとその事件の記述があるかもしれない。
 それを読んだ人物は「へぇ、こいつ、こんなことやっていたのか!」、「逮捕歴あるのか!」などという驚く。それと同時に、その人物が起こしたスキャンダルは、リアルタイムでその祭りを体験していないものであるはずの読み手に記憶されることとなるだろう。このように、インターネット(とウィキペディア)はスキャンダルの忘却不可能性をもたらしているのである。
 これはウィキペディアに記録されるものにとってのリスクを増大させていることも指摘できる。スキャンダルから月日が経ったときでも「あいつ、今じゃ平気でテレビに出ているけれど、実は麻薬やってたんだぜ!」という風に語られる可能性に常にさらされ続けているのだ(このような語りを、スキャンダルの再加熱と読んでも良いだろう)。忘れられることのないスキャンダルは、記録されるものに忌まわしい影のようにまとわりつく。
 これは同時に「イメージの浄化」が困難になっていることも意味しているように思う。そこではほんの些細なことでも記録され、記憶される(一度忘却されても、記録へとアクセスすることによって再度記憶される)。さらに「語り」によって、その記憶は次々に伝播していく。かつては、忘却されることで解消されたはずの問題は、記録と記憶と語りのあいだを滞留し続けている。
 そこで「何が問題とされるのか」。これもまた興味深い論点なのだが今回はひとまずここでは横に置いておこう(あまりにどうでも良いことが問題とされ語られるのは何故だろう?沢尻エリカに対して激怒する人があんなにたくさんいたのはどうしてだろう?――これらについては後々なにか書くかもしれない)。
 突然以上のようなことを長々と書きたくなったのはさっき「アッー!」という言葉について調べていたら(最近、この言葉をよく見かける気がしたのだが、意味をまったく知らなかったのだ)、多田野数人という野球選手のウィキペディアにたどり着いたからである。まったくの偶然だけれども、私と多田野という選手は同じ大学出身だった(私は彼と入れ替わりの時期に入学している)。
 私が大学にいるあいだ、何かの拍子に彼のスキャンダルについて聞いたことがあったけれども、大学の野球部の話で話題になったのはむしろ「今、和田毅の弟が野球部にいるらしいよ」という話だったと思う。それから今日まで「アッー!」を調べるまで多田野のことなどすっかり忘れていた。
 昨年のオフシーズンに多田野は日本ハムに入団した(これも知らなかった)。気の毒なのは、プロ入り後すぐにケガをしてしまったことばかりではない。今後も多田野は何かある度に「アッー!の人」として語られることとなるのだろう。もちろん、メジャーなマスメディアはそのような報道はおこなわない(やるとしたら下品な週刊誌か、あるいはニュース23あたりが『更正したプロ野球選手の感動秘話』的にいやらしく伝えるぐらいだろう)。しかし、ブログなどの空間において「アッー!」が直接的に多田野と結び付けられて語られることは充分に想像できる。このあたりに、ブログのおぞましさみたいなものを感じてしまった。

 Youtubeより、多田野のEephus pitch(超遅球。これ『ドカベン』で犬飼知三郎が投げてたな)の映像。他にもこの球でアレックス・ロドリゲスを凡打に打ち取る映像があった。こういう特殊な球を持っているピッチャーが大好きなので(小宮山のシェイクとか……)頑張って欲しい。