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2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

コルンゴルトの弦楽四重奏曲全集

コルンゴルド:弦楽四重奏曲 全集(2枚組)

コルンゴルド:弦楽四重奏曲 全集(2枚組)

 「CD1枚あたりの価格500円切れは当たり前」という爆安レーベル、ブリリアント・クラシックスがまたやってくれた……、とグスタフ・クリムトの絵が描かれたジャケットを見つけた瞬間に驚いてしまった。エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト弦楽四重奏全集である(5月に発売されていた模様)。全集といっても曲数が少ないので、2枚組。でも値段は1092円(HMV価格)。面白そうなので迷わず購入してしまった。今年2007年はコルンゴルトの生誕110周年、死後50周年の記念年だし。
 コルンゴルトと言っても、名前を知っている人は限られているだろう。もしかしたら古い映画が好きな人なら知っているかもしれない。彼はユダヤ系の家庭に生まれ、ナチスの台頭とともにアメリカに亡命以降、ハリウッドの映画音楽製作に携わりアカデミー賞を二度も受賞した作曲家である。現在のハリウッド映画音楽の礎を築いた人、ジョン・ウィリアムズの遠い祖先、と言っても過言ではない人物なのだが、しかし、彼の経歴を辿るとそれ以上にスゴい事実がたくさんある。
 例えば、作曲家デビューの歳。なんと9歳。このときマーラーを脱帽させ、リヒャルト・シュトラウスを震撼させた、というだからモーツァルトに匹敵するほどの神童ぶりである。今回の全集には18歳(1915年)の頃に書かれた弦楽六重奏曲も収録されており、その恐るべき才能に触れることができる。1915年のヨーロッパといえば第一次世界大戦の真っ最中なのだが、そういう世の中の暗さを全く感じさせない澄み切って爽やかな内容が素晴らしい。特に1楽章の「モデラート-アレグロ」と2楽章の「アダージョ」の対比は、昼間の賑やかな街が夜になって静けさを取り戻したような趣があってうっとりしてしまう(メロディの豊かさは、イギリスの近代音楽に通ずるものがある)。
 「神童」としてデビューした後、コルンゴルトリヒャルト・シュトラウスのようにオペラ作曲家としての栄光の道を歩むことになる。リヒャルトのオペラといえば「官能と退廃」という19世紀末の雰囲気を20世紀にまで持ってきてしまったような感じがあるけれども、コルンゴルトもそれに負けていない。オペラ作曲家時代の作品である弦楽四重奏曲第1番は、27歳の頃の作品だが“腐臭を放つ寸前の熟しすぎた果実感(後期ロマン派の特色)”が満載で「さぞかし、夜の生活も盛んだったんだろうなぁ……」と余計なことを想像せずにはいられない。でも「俺が、俺が!」と主張しまくるリヒャルトは違った、落ち着いたエロス。
 続く弦楽四重奏曲第2番は、アメリカに渡ってからの作品。これまでの官能的な雰囲気が薄まり、極端にキャッチーで簡明な曲に仕上がっている。「俺らの国みたいに歴史があるわけじゃないし、このぐらいで止めておいた方がアメ公にはぴったりじゃねーの?」とコルンゴルトが言ったかどうかは知らないが、絵に描いたようなロマン派音楽。これはそのまま甘いロマンスを描いた映画の劇中に流れていそうな感じだ。
 戦後、コルンゴルトは後期ロマン派の官能のなかへと作風を回帰させていくのだが(弦楽四重奏曲第3番はその頃の作品)「さーて、ヒトラーもいなくなったし、ヨーロッパに帰って昔みたいにブイブイ言わせてやろうか」とヨーロッパに戻ると、もはや自分のような曲を書いている人は誰も残っておらず、失意のなかで再びハリウッドに赴く……という運命を辿ることとなる。
 その後、彼の作品は物好きな演奏家がヴァイオリン協奏曲を度々取り上げるぐらいで、ほとんど忘れられた存在として扱われるのだけれども、ここに来てコルンゴルトへの関心が高まっているようである。知人が運営に関わっているオーケストラでも今度、作品を取り上げるのだとか。

オーケストラ・ディマンシュ第26回演奏会
2007年9月16日(日)北とぴあ さくらホール
13:30 開場 / 14:00 開演
指揮:金山 隆夫
J.シベリウス  交響曲第7番 ハ長調Op.105
E.W.コルンゴルト  シンフォニエッタ Op.5
全席自由 ¥1000−

 その演奏会の詳細がこちら。なんとコルンゴルトの《シンフォニエッタ》は日本初演だそう。プログラムは同じ1957年に亡くなっているシベリウス交響曲(《シンフォニエッタ》の初演に接していたらしい)とカップリングという気合の入れようである。「初演時の1913年から、94年の時を経て日本初演……ってどれだけ忘れられてたんだよ」と思ってしまうけれど、みんな薄幸が好きってことなのだろうか……。

 映像はコルンゴルトの代表作、歌劇《死の都市》より「マリエッタの歌」。良い曲だ……。