細川俊夫『うつろひ』
現代日本ピアノ音楽の諸相(1973-83)というCD*1に収録されている細川俊夫の作品を聴いてから彼の他の作品が気になっていたのだが、漸く聴くことができた。フォンテックから既に10枚もの作品集を出しており、最近その10枚目が発売されているのだが、私は結構律儀な性格なのでまずは一枚目から。アルバムには1989年に尾高賞(日本の権威ある?作曲賞)を受賞する以前、1984年から1986年に書かれた作品が収録されている。
アルバムの表題作ともなっている《うつろひ》という作品から意識が遠いところに運ばれるような作品ですごい。「笙は天体を、ハープはその天体の光をうける人を象徴する。笙奏者は、ハープ奏者を中心に半円を描くように移動しながら、演奏する。この半円を一日の夜明けから夕暮れまでとも、一年の春から冬の移りゆきとも、とらえることができる(作曲家自身によるプログラム・ノートより)」。そこには古代から想像されてきた「天体の音楽」を、東洋的に音化しきったような見事な音風景が存在する。笙の通奏的に鳴らされる音色と、イメージされた時間の進行(朝→夕暮れ)に沿って動くハープの絡み合いがとても美しい。
収められた作品は、フルートの独奏のために書かれた《線》I以外は全て複数の楽器のために書かれている。そこで意識されているのは各楽器のアンサンブルの「ずれ」だ、と作曲家自身は語る。ヴァイオリン、チェロ、ピアノのために書かれた《断層》では、演奏者が縦一列に並べられ、お互いを見ることができない。つまり、目やボディアクションによる非音的なアンサンブル行為が強制的に不可能なものになっている。書かれている音もプツリプツリととぎれがちで協和する瞬間がなかなかやってこない。しかし、その「ズレ」や「断片」によって細川はモアレのように音楽を描いていく。そこにはメロディによっては生み出すことの出来ない幻覚のような協和性を感じる。こういった試みがおこなわれた20年後の現在、大友良英の音楽とリンクして考えることができるのは興味深い。