sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

井筒俊彦『意識と本質 精神的東洋を求めて』

 歴史を紐解いてみるとダヴィンチ(いろいろできすぎ)であるとか、ノイマン(20世紀の科学に影響を与えすぎ)であるとか、世のなかにはすごい天才がいたもんだよなぁ、と感心してしまうことがあるけれど、日本で言えば井筒俊彦がその天才のひとりに数えあげられるだろう。この人は語学の天才で、20か国語を修得し(一説には30か国語を使えたとも)、全世界的な思想と文学に通じており、慶應大学で教鞭をとっていた際には一週間に「中世哲学」と「アラビア語」と「ロシア文学」の講義を担当していた……というほとんどリアル文系版イチロー伝説みたいな人である(もしかしたら、ひとつの言語を習得しようとするだけで、5か国語を修得したりするのかもしれない)。井筒の主著である『意識と本質』もイスラーム哲学・禅・儒学老荘思想唯識……といった時間軸も場所も異なるさまざまな東洋哲学をひとつのテーブルに並べ、西洋哲学や文学作品などと比較することによって、ひとつの構造化された東洋哲学の画を描こう、という大変な仕事である。この作業を井筒は「共時的構造化」と呼ぶのだが、おそろしく明晰な整理や説明が面白くないハズがなく、日本にこんなスゴい学者がいたのか……とめちゃくちゃに驚いた。


 この本で取り扱われているのはタイトルにもあるとおり、意識と本質について。ここでは東西のさまざまな思想家たちが、意識と本質をどのように捉えたのか(意識にとって本質とはなにか、意識はどのように働くか、そしてそもそも本質とはなにか……など)が類型化され整理される。例えば、イスラームの哲学は本質を「マーヒーヤ(普遍的本質)」と「フウィーヤ(個体的本質)」という風に分けて考える。簡単に説明しておくと、前者は花を見たときに、誰もが「ああ、花だな」と分かる性質のこと。後者はその花がその花であるリアリティ(と井筒は表現するのだが、言ってみればその花の『世界にひとつだけの花』性)のことだ。興味深いのは、井筒が前者に表現を向けた者としてマラルメを、後者に表現を向けた者としてリルケをそれぞれ布置していることだ。私はこのふたりの詩人の作品に触れたことないけど「へえ、そういう詩人だったのか〜」と思うと同時に、井筒の哲学四次元殺法的なまとめっぷりにいたく感激したのだった。


 それから禅がダイナミックな思想である、と井筒が説いているのも興味深かった。一般的に私を含めて大部分の人は禅をスタティックな思想だ、と考えていると思う。すべてが「無」であり、禅によって心神を平静に保つことによって、煩悩のない穏やかな境地に至る……こういうのが一般的なイメージだろう。でも、本当は違うのだ、と井筒は言う。確かに禅の世界では、言葉によって分節された世界はすべてが虚構である、と説かれる。あの花と、あの鳥は別々のものである、と認識するのは言葉による作用であるが、そんなものはすべて妄想なのだ、と。参禅者はある程度、悟りを開いてくるとこうした妄想を捨てることができ、すべてが「無」であることを認識する。「山も川も、あらゆる事物が、『本質』という留め金を失う」(P.146)。世界の分節線が消え去る。これらの変化が一般的に「無の境地」として了解されている事柄だろう。


 こうして井筒の説明を読むだけで、禅のスタティックな印象は霧消するようだが、これで終わりではない。実は、禅の世界にはもう一段階あって、もう一度、参禅者は分節のある世界へと戻ってくるのである。しかし、それは最初の妄想によって分節された世界ではない。本質はもう二度と戻ってこない。その境地に達したものにとっての世界は、無「本質」的に分節された世界であり、そしてそれは「表層意識が完全に打破され尽くしたところにはじめて現れる深層意識的事態」(P.155)なのだ。いや、私自身そういう境地に達しているわけじゃないから、それがどういう状態なのか、よくわからないのだが、対象に対して志向する意識(……の意識)という状態ではなく、単なる意識、いわばむき出しの意識状態で生きることが禅の境地であるらしい。


 以上、紹介しやすいところをかいつまんで紹介していったが、これらはこの本の面白いポイントのさわりに過ぎない。宋代の儒学とか、古代中国のシャーマンだとか、登場する東洋の精神風景は、興味深いものばかりだ。残念ながら私はひとりの東洋人でありながら、これらについてほとんど知らなかった。だからこの本は「自分は東洋人なのに東洋について知らない」というショッキングな事実を突きつけてくるものでもある。今後も井筒先生の仕事を追うことで、不勉強さを少しでも埋めたいなどとも思った*1

*1:そういえば慶應大学出版会から復刊される『神秘哲学』、発売が延び延びになってるんだけれど、なにごと? もう注文済みだっつーのに