sekibang 1.0

2012年1月3日まで利用していたはてなダイアリーの過去記事です。

クエンティン・タランティーノ監督作品『イングロリアス・バスターズ』

 タランティーノの新作を観てきました。楽しみにしていたんですが、期待と予想をはるかに上回る傑作ではないでしょうか。以前、蓮實重彦が「『デス・プルーフ』を見たときは、立ち上がって拍手をしたくなった」と語っていましたが『イングロリアス・バスターズ』もそんな感じ。息を飲む緊張感と崩れ落ちたくなる爆笑に襲われ、大満足で劇場を後にしました。最高! 爽快! 観た後に風邪が治りました!(マジで)


 ラブレーを直前に読み終えていたこともあって、ぼやーっとミハイル・バフチンの「カーニバル文学論」のことを思い起こしていたのですが、映画の最後に仏壇返し的にやってくる、全部ブチ壊しての大団円は、まさにカーニバルそのもの、というか。様々な伏線を緻密に交差させながら「えっ、これどうなっちゃうの? 大丈夫なの?」と観客にスリルを与えつつ、その意図は、最終的なカーニバルの舞台の用意でしかない、という思い切りの良さに大拍手したくなります。劇中、プロパガンダ映画を観ながらナチの人たちが大騒ぎする、っていうシーンがあるのですが、私もそんな感じで大騒ぎしたかった。ウオーッ! とかバカみたいに叫んだりしてね。


 あと暴力描写も良くて。それも、スプラッター的な大盤振る舞いじゃなく、鈍くて「それは痛い……痛い……」と目を背けたくなるような痛みの描写のさじ加減が。バットで撲殺されるシーンなんかの鈍さなんか特に良かったです。バットを大きく振りかぶって、スイングすると、耳の辺りに直撃。「首ぐらい吹っ飛んじゃうのかな」と思いきや、そうじゃなく、重い衝撃音がして、打たれた人が倒れるだけ。ここでハッとするのですね。鈍い暴力のリアリティを感じてしまう。大盤振る舞いのなかに、そういったシーンが何点か含まれることによって、なんか映画全体の暴力が引き締まって感じたかもしれません。