ロード・ダンセイニ『世界の涯の物語』
『世界の涯の物語』を読み終える。ロード・ダンセイニのふたつの初期短編集『驚異の書』と『驚異の物語』を収録されている。ここではダンセイニが残した品の良く、気の利いたユーモアが散りばめられた、幻想小説・魔法小説が読める。どれも読んだあとに、いくばくか豊かな気持ちになるような作品ばかりなのが素晴らしい。この作者の著作は以前に『影の谷物語』*1を読んで「こういう風に、豊かな気持ちになる文学とは、豊かな身の上からしか生まれないのではないか」などと思ったが、今回も似たようなことを感じる。
『驚異の書』は魔法使いや、盗賊、神々や神話上の種族(ドワーフやエルフ)といったものが活躍する異界を描いた幻想小説が主体となっているのだが、それに続く『驚異の物語』では、現代のなかに突然魔術や幻想が現れて、面白おかしい状況が生まれる、という言ってしまえば「笑い話」みたいな物語が多い(『驚異の書』に収録された作品の続編もあるが)。例えば、現代の機械や文明といったものを悪と思った魔法使いが、ロンドンでそれらの文明の利器をどうにかして封印しようとする……みたいな風刺的な作品も見られる。
ただ、この『驚異の物語』が発表されたのは1916年、第一次世界大戦の真っ只中であり、かつダンセイニも従軍している間に書かれていた、という事実を知って驚いた。この作品のアメリカ版が出る際に寄せられた「序文」にはこんなことが書かれている。
まさに今、ヨーロッパの文明はほとんど死にかけているようで、その傷だらけの地には死の他には何も育たないようにも見えるが、それでもこれはほんのひとときだけのものであって、夢がふたたび戻ってきて昔のように花開くのだろう。(中略)今はもうこれ以上、戦争について書くことはないが、ヨーロッパからの夢の本を読者の方々に、燃えている家から最後の瞬間に価値あるものを、それがたとえ自分にとってだけであっても、外に投げ出している人のように、わたしは捧げよう。
なんだか感動的な文章である。ここから死にかけたヨーロッパから、戦局を傍観していた(この文章が書かれた1916年当時、アメリカはまだ参戦をしていない)アメリカの読者に向けて、このようにユーモラスな短編集を送ったダンセイニの切実さみたいなものを受け取ることができる。その切実さは、おそらく現代においても有効に伝わるものであろう。その証拠に、私はこれを、なかなかにしんどい現実を忘れさせてくれる、心地よい夢を与えてくれる本として読めたのだから(ちょっと言いすぎかもしれないけれど)。休息の時間をこういった作品に触れることに費やせることは、なかなか幸福なものである。